魏禧『独奕先生伝』書き下し例・現代語訳例
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はじめに
今回は『独奕先生伝』の一部の書き下し例・現代語訳例を掲載します。
『独奕先生伝』は中国の清代初期の散文家、魏禧が著した伝記文の一つです。
掲載している箇所は2021年の京都府立大学の第3問(漢文)で出題されています。そちらの解説はまた別途掲載する予定です。今しばらくお待ちください。
それでは行ってみましょう🔥
関連記事はこちらから⇓(京都府立大2021古文で出題)
魏禧『独奕先生伝』書き下し例
膠山の黄氏に隠君子有り、在龍と曰ふ。性生産を治めず。世務を絶ちて奕を好む。常に戸を閉ぢて居る。戸外の人子声の丁丁然たるを聞き、之を窺へば則ち両手各々白黒の子を操り、分行して相攻殺す。或いは黙然として目は上視して思ひ、或は欣然として笑ふなり。人称して独奕先生と曰ふ。
先生人と争ふこと無く、財を軽んじ施与を楽しみ、郷人其の徳を懐ふ。嘗て盗を避けて嶺を踰え、嶺半ばにして盗起ちて先生を執ふ。先生色変ぜず。盗呵して曰く、汝は何為る者ぞと。先生曰く、予は黄在龍なりと。盗相顧て笑ひて曰く、我が公を驚かす毋かれと。之を嶺下に送る。盗隣人の居を焚き、先生の廬に延ぶ。盗群起して火を撲つも、火滅せず。乃ち共に其の禍ひを始めし者を捶つ。
先生兄弟三人、伯は琴を鼓するを善くし、仲は花竹を芸するを好み、先生は独奕を好む。或いは対せんことを求むれば亦辞せざるなり。先生枰を開き子を布き、子伯仲常に局に侍す。先生微かに可否を問ふに、二子各々意を以て対ふ。先生曰く、若は守に長じ、若は攻に長ず、然れども皆偏将の材なり。中権を握り機を両陣に決せしめるは難きやと。年七十有七にして卒す。其の独奕未だ嘗て少しも衰えずと云ふ。
魏禧曰く、或る人曰く、古の奕を嗜む者は衆し。未だ独奕なる者有らずと。曰く、之有り。奕は攻囲衝劫して、変化は兵法に通ず。諸葛武侯隆中に臥するの時、未だ十夫の聚有りて旌幟を指麾して坐作せしむと聞かざるなり。一たび出でて戦へば必ず勝ち、仲達の智を以て、之を畏るること虎の如し。
吾意ふに其の独り居て膝を抱くの時、日夜の思ふ所、手の経営する所、未だ嘗て両陣の間に在らずんばあらざるなり。独奕に非ずして何ぞや。先生の意、其れ測り識るべからざるかな。
現代語訳例
膠山(こうざん)の黄氏に、世俗を避けて暮らす立派な人物がおり、名を在龍といった。性格として、家計を支えるための仕事(生業)には精を出さなかった。世の中の雑務を断ち切って、ひたすら囲碁を好んでいた。彼はいつも戸を閉めて家にいた。戸の外にいる人が碁石を置く音を聞いて、中をのぞき見ると、(在龍は)両手にそれぞれ白と黒の碁石を操り、敵味方に分かれて互いに攻め合っていた。あるいは、黙り込んで上を見つめて考え込み、あるいは、嬉しそうに笑ったりしていた。人々は彼のことを「独奕先生(ひとりで碁を打つ先生)」と呼んだ。
先生は人と争うことがなく、財産を軽んじて人に施すことを楽しみとしたので、郷里の人々は彼の徳を慕っていた。かつて、盗賊を避けて山を越えたとき、山の中腹で別の盗賊が現れ、先生を待ち伏せしていた。先生は顔色一つ変えなかった。盗賊が「お前は何者だ」と怒鳴ると、先生は「私は黄在龍である」と答えた。盗賊たちは顔を見合わせて笑い、「我らが公(先生)を驚かせてはいけない」と言って、山の麓まで送り届けた。またある時、盗賊が隣家を焼き、その火が先生の粗末な家まで延びてきた。盗賊たちは一斉に立ち上がって火を消そうとしたが、火は消えなかった。そこで盗賊たちは、そもそもこの火災を引き起こした(略奪をした)仲間を皆で打ち据えた。
先生の兄弟は三人で、長兄は琴を弾くのが上手く、次兄は花や竹を育てるのを好み、先生は独り碁を好んだ。誰かが対局を求めれば、断ることはなかった。先生が碁盤を開いて石を並べるとき、二人の息子がいつもそばに控えていた。先生が小声で(一手について)良し悪しを尋ねると、二人の息子はそれぞれの考えで答えた。先生は言った。 「お前は守りに長け、お前は攻めに長けている。しかし、どちらも副将止まりの器だ。全軍の指揮権を握り、敵味方の陣の間で勝機を決するような役割(総大将)を務めるのは難しいだろうな」と。先生は七十七歳で亡くなった。その独り碁は、最期まで少しも衰えなかったという。
私(魏禧)はこう考える。 ある人が言った。「昔から囲碁を嗜む者は多いが、自分一人で打つ者など聞いたことがない」と。私は答える。「いや、いるのだ。囲碁は攻め、囲み、突き、奪い合うものであり、その変化は兵法に通じている。諸葛孔明が隆中の地に隠れ住んでいた頃、男性十人の集団がいて、旗を振り指図して座ったり立ったりさせていたなどという話は聞かない。しかし、一度戦場に出れば必ず勝ち、司馬仲達ほどの知恵者でさえ、虎のように孔明を恐れた。
思うに、孔明が独りで膝を抱えて座っていたとき、日夜考えていたことや、手が動いていたことは、常に敵味方の陣営の間にあったはずだ。これが『独り碁』でなくて何であろうか。独奕先生の真意もまた、(孔明のように)計り知れないほど深いものだったのだ」と。
今回はここまで🐸
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